漫才の歴史はかなり古く、平安時代にまで遡ります。この頃に始まった「千秋万歳(せんしゅうまんざい・せんずまんざい)」が原型となっているようです。

現在でも千秋万歳の語は祝言の中に残っているように、一般的な祝福芸で、祝言を述べて扇を手に舞う太夫と、鼓を打ち鳴らしながら合いの手を入れる才蔵が歌舞を披露する芸能であったそうです。この「万歳師」達は、公家から庶民の家まで身分を問わず訪れ、新春に芸を披露する門付芸になり、大衆に広く浸透して行きました。

しかし万歳師は、災いを祓う不思議な力を有することで畏れられ、貶まれ、差別を受けることなどもあったようで、次第に旅芸人などになるなどして芸を続けるようになりました。

江戸時代には尾張萬歳、三河萬歳、大和萬歳など各地で地名を冠した萬歳が始まり、個性的な芸を創り上げつつ発展して行きました。

明治・大正時代には、大阪の「万才」の原型になった、伊勢派が三味線・鼓・胡弓などの楽器を使う「三曲萬歳」を成功させました。明治時代から行われた大阪の寄席演芸である「万才(まんざい)」は、この三曲萬歳をベースにしたと言われています。

第二次大戦後には萬歳はほとんど行われなくなり、今では保存会などが復興・継承しています。成立が古いとされる三河萬歳(愛知県安城市・西尾市など)と越前萬歳(福井県越前市)が1995年、尾張萬歳(愛知県知多市)が1996年に、それぞれ国の重要無形民俗文化財に指定されました。